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弥勒寺遺跡群とムゲツ氏

弥勒寺遺跡群と長良川
ムゲツ氏は、軍事的・祭祀的な役割を担ってヤマト王権と深く結びついた伝統的な美濃の地方豪族で、記紀などの史料には牟義都・牟下津など様々な表記が見えます。672(天武1)に起きた壬申の乱での身毛君広(むげつきみひろ)[大海人皇子の舎人(とねり)]の活躍が武義郡を治める郡領としての地位を確実にしました。
弥勒寺遺跡群は、岐阜県関市池尻の長良川畔に展開し、古墳時代終末期のムゲツ氏が築造したと考えられる池尻大塚古墳(方墳)・7世紀後半の同氏の拠点及び律令制下(奈良時代〜平安時代)の武義郡衙に比定される弥勒寺東遺跡・祭祀遺跡の弥勒寺西遺跡が隣接し、寺院造営を契機とする在地支配の変容や、律令制下の地方官衙の営みの全てを考古学的に知ることができる、極めて稀な例として注目されています。
弥勒寺跡
塔心礎
塔跡
ムゲツ氏の氏寺に比定されている白鳳時代の寺院。弥勒寺所用の軒平瓦が確認された丸山古窯跡(美濃市大矢田)と合わせて、1959年に 国史跡「弥勒寺跡附丸山古窯跡」の指定を受けま した。法起寺式の伽藍配置で、金堂・塔・講堂 ・南門・南門に取り付く掘立柱塀の一部・僧坊や造営に関わる工房跡と思われる掘立柱建物竪穴住居が確認されています。また、川原寺式の複弁蓮華文軒丸瓦四重弧文軒平瓦凸面布目平瓦が出土しました。
 弥勒寺東遺跡

郡庁院
東西約50メートル×南北約60メートルの掘立柱塀で囲まれた範囲に、正殿と東西の脇殿を「品」字形に配置した郡庁院・東西130メートルの溝で囲まれた倉庫が建ち並ぶ正倉院・館 [たち]や厨家(くりや)の段階的な変遷過程を示すと考えられる建物群、さらに郡庁院や正倉院の下層で、ムゲツ氏の居宅や評衙と考えられる大型の掘立柱建物群が見つかっており、地方豪族の拠点が郡の役所へと発展していく過程が明らかにされました。

正倉
弥勒寺西遺跡
埋没した古代の谷川から人形(ひとがた)斎串(いぐし)などの木製祭祀具や木簡・200点を超える墨書土器などが出土し、方形に突き出た人工の浜・湧水を誘う井泉[せいせん]遺構・祭祀の場を区画した掘立柱列・大型掘立柱建物が見つかりました。
祭祀の跡 墨書土器「大寺」

   問い合わせ先    文化財保護センター (電話)0575−46−2313
ところ 関市池尻
アクセス 長良川鉄道関駅よりタクシーで約10分
東海北陸自動車道 関ICから車で約15分